next
Arte Classica by Ishiguro Gallery

”その箱”の中身は何か?

 

皆様こんにちは!アルテクラシカの新人Mです。
気分も新たに今年もスタートし、一同フレッシュな気持ちで茶碗と向き合う今月です。

 

さて私事ですが数年前から月に1度、歴史の勉強会に通っています。
講義くださる先生が驚くほどの情熱を持って、地球の誕生から現代までを1クール4−5年もかけてお話しくださるという大変面白くてタメになる会なので、歴史に疎い私にも続いています。
話はあるとあらゆる方向に飛びまくり、先生は5時間喋りっぱなし。毎回アッという間な、私にとっては知的好奇心刺激されまくりの1日。

 

 

そこで私が徐々に理解をしてきたことは、歴史は勝者、つまり当時の権力者によって書かれるということ。
つまりその人物や国家に都合の良いことが歴史として残されていくのですが、丹念に史料の読み込みや科学的検証を積み重ねていくと徐々に真実またはそれに迫る事象が浮かび上がり、過去のことが光や影を伴って非常に立体的に浮かび上がってまいります。
つまり歴史を学ぶということは、教科書参考書にあることを丸呑みにして暗記する勉強なのではなく、事実を見て「自分のアタマで考えてみなさい!」ということなのだという当たり前のことをこの歳になってハッと理解をした、ということなのであります。

 

 

翻ってアルテクラシカでは、昨年から店主Iの号令で、感性のみで茶碗そのものと向き合う練習をお客様も一緒にしています。
茶碗の箱に何が書かれ、中身は何なのか?
何百年の間に、似ている茶碗の違う箱と間違えて入れ替ってしまったものだって無いとは言えませんよね〜。
そんなとき、やっぱり自分の感性ちゃんと持っておかないと、です!

 

 

しかしながら、茶碗そのものが本当に“良い”ものであるのか。
価格は正当なのか。
そんなことまでお店にいらしてくださる皆様が心配しなくて良いように、それは長年のプロフェッショナルである店主と店の責任です。
そこは安心して、アルテクラシカではお好きな茶碗、素敵だと思われる茶碗に心おきなく向き合ってくださいませ❤️。

 

キチンと自分の眼で見て自分のアタマで考える訓練、今年も続けて行きたいと思います。

 

M

 

 

点初めに想う

 

ようやくこの時期らしいキリッとした空気から清々しさを感じるころとなりました。

 

先日、遠州茶道宗家の点初めに初めて寄せていただきました。
お正月ということもあり、華やかな室礼やいらした方々のお召し物から新たなる年の始まりの熱量を感じました。

 

今年は東京でオリンピックが開催されるので、日本よ頑張れという思いを込めた道具組み。
やはり、大名茶というだけあり、風格のある唐物や高麗物が多く華々しい雰囲気から、
流儀による好みの違いを感じられて色々と勉強になりました。
そして、江戸時代の茶の湯は、今以上に身分ごとに大名茶、公家茶そして町人茶と道具の好みも全く異なったからこそ、今まで伝わる茶道具のバリエーションの多さへとつながるのだろうなと、その時代背景の奥深さを改めて感じました。

 

道具に学ぶ一年の始まり、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

(A)

真の日本人らしさ❓

 

そろそろ正月気分も終わりですっかり日常と言う方、多いですよね。
正月と言えば、ある意味最も日本人らしいイベントでしょうか。
正月飾り、おせち料理、初詣、云々。。。
これらの伝統文化を嗜む人々は確かに日本人らしい日本人に見える。
多くの日本人にとってこう言った物事が異国文化に近い感覚になりつつある今日なら、なおさらだ。

「日本の伝統文化を嗜む人こそが日本人らしい」

 

ところが、先日、興味深い異説を唱える方に出会った。
彼曰く、そんなのはあくまでも外国人から見て何が日本人らしくみえるかの見せかけであって、
真の日本人らしさとはそこではない、と。
真の日本人らしさは、「ただの輸入品大好き癖」だと。
エルメスだグッチだ、と喜んでいるのは今に始まった話でなく、
日本人は古来より、とにかく輸入品が大好き❤
クリスマスにバレンタイン。
本当の意味もろくに知らずに、ただただ仮装して渋谷のハロウィーンナイトに繰り出す、
あの姿こそが日本人だ!!と。

 

な、な、なんと、斬新な御意見😱😱😱
確かに美術の世界でも輸入品崇拝傾向は明確に存在するし、
室町幕府将軍家なども唐物大好きコレクターであった。

 

うーん、深い。

 

ちなみに茶道界はただいま初釜シーズンで、まだまだ正月真っ盛り。
着物着て初釜、仮装してハロウィーン、
どっちが日本人なんだ(笑)

 

(I)

2019

(I)今年もいよいよ押し迫りましたね。
アルテクラシカの2019を振り返って、Aさん、Mさん、どんな印象ですか?

 

(A)早やおおつごもりですね〜。実は今年、普段アルテクラシカで見ていた茶碗を茶室で見る機会があったのですが、店で見るより深い陰影を感じて。。実は一張羅の姿をまだ見ていなかったことに気づきました。

 

(I)そうだねぇ。やっぱり茶碗は茶室が一番良く見えるからねぇ。その茶碗を、今の空間でカッコ良く使いこなすのは腕の見せ所で、逆にロケーションに惑わされず、きちんと目利きできることがプロとしての技量だね。

 

(M)洋服とかでも、店で試着すると良かったのに家で着てみるとちょっとガッカリ、とかありますもんね(笑)。アルテクラシカの茶碗はそんな風にならないようにっていうことですね。私は今年アルテクラシカに入って素直に物と対峙することの大切さを覚えました。実は、先日自然に高麗物と和物の違いを感じ取れた瞬間があって自分でも驚いたのですが、これはやっぱり先入観なしで見る訓練の先にあるような気がします。

 

(A)そういえば、三井記念美術館「高麗茶碗」展での、集団鑑賞会が好評でしたよね。興味深かったのは、鑑賞会後のディスカッションで参加された方がものすごく自由に発言されていたんですよね。先入観を取り払って鑑賞できたのでしょうか?

 

(M) そうだと思います!私はアルテクラシカで先入観のない見方を教わらなかったら永遠にわからなかったかも。キャプションだけ読んでモノを見ない残念な人になっていたと思う。

 

(I) 先入観を取り払うお仕事、引き続きコツコツと広めたいね。自分の感性で素敵って気付く瞬間の喜び、是非とも皆さんに知ってほしい。

 

(A)(M) 先入観の入らない感性をもっと磨いて、来年も皆さんに茶碗の素晴らしさをお伝え出来るよう、頑張ります!

 

 

ブログを読んでくださった皆様、2019、真にありがとうございました。

どうぞ良いお年をお迎えください。

新年は1/7(火)よりオープン致します。

 

2020も皆様のお越しを心よりお待ちしております。

 

(I,A,M)

 

見逃すな、有来

 

根津美術館での「江戸の茶の湯」、
皆さんはもうご覧になられたであろうか。

 

この展覧会は、ただ単に江戸千家に関する名品を並べるのではなく、川上不白の茶の湯が江戸にどのように広がって行ったかが辿れる、非常にアカデミックな内容だ。
中でも個人的に特に関心を引かれたのは、 図録P156~157、根津美術館・下村奈穂子さんのコラム「近代数寄者と不白流」に関する部分である。
この記述によれば、蓮心川上宗順なる茶匠の存在が数々の名近代数寄者誕生の原動力になっていて、
何と、もし蓮心が存在しなかったら、大コレクター益田鈍翁もこの世に存在しなかったかもとの事だ。
詳細は実際にコラムをお読み頂くとして、
さて、実は、かの蓮心が関わったとされる、なかなか見れない個人所蔵の名碗が、ひっそりと展示されている。
大正名器鑑所載、馬越化生旧蔵の堅手茶碗、銘有来がそれ。
個人所蔵、しかも噂ではなかなかの気難しい御方がお持ちであるらしく、簡単には表舞台に出てこない代物らしい。
そんなレアが見れるこの貴重な機会、逃す手はない。
展覧会は今日明日、たったの残り2日。

 

師走も佳境、色々慌ただしいとか何とか言ってないで、まだ見てない人、見たけど印象の薄い人(笑)、即刻、根津美術館へ向かうべし。

 

(I)

金で継いだ美しさ

 

先日、先人たちの愛を感じずにはいられない、
それはそれは美しい金継ぎの古唐津茶碗が入荷しました。

 

金を継いだ箇所は、まるで稲妻のように大胆で美しく力強い線、
よくよく見ると、一箇所呼び継ぎが施されています。
呼び継ぎとは、欠けた部分に全く別の器の破片を使って継ぐこと。

 

よくぞぴったりの大きさやカーブ、厚みの片割れを探してくるものだな、
とその持ち主の並々ならぬ深い思い入れを感じます。
見た目では全然分からない感じですが、茶碗の縁を指ではさんでぐるっと触ってみると、
呼び継ぎ部分が若干ぷっくりとする。
その継いであるという違和感がたまらなく愛おしい。

 

継ぎがあるからこそ、見えてくる景色も楽しめます。
店内に入る、午後のやわらかな陽の光や、夕暮れ時のグレイッシュな光の中で見る
金継ぎの茶碗は色々な表情を見せてくれます。

 

呼び継ぎを考えた先人の素晴らしい知恵とちょっとした遊び心、
そして、完全ではないものに美を見出す日本人の美意識を改めて掌のなかの茶碗から感じます。

 

そんな心豊かになる茶碗ともども、アルテクラシカにてお待ちしております。

 

A

 

Arte Classica アルテクラシカ 抹茶茶碗

初めてのお使い

 

こんにちは。アルテクラシカ新人のMです。師走となりましたね。
本当に時間が過ぎるのは早いと毎年思います。

 

新人ですので、何をしても初めてのことばかりなのですが、
今回はなんと、様々な事情が重なり、私がお客様のご自宅に茶碗をお届けするという役目!

 

店でお買い上げいただいたものをお客様がお持ち帰りになることはありますが、私が一人でご自宅にお持ちするのは初めてです。
前日からドキドキ。。。💦

 

約束の時間に教えていただいたご住所をお訪ねしました。
お部屋に通していただき、風呂敷を広げて箱を開け、茶碗をご確認いただくとそのお客様が両の手の中に茶碗を持たれ、しみじみと茶碗にこうおっしゃいました。
「よく来てくれました。とても嬉しいです。これから大切に使いたいと思います。」

 

ごく普通の言葉なのですが、表情にもお声にも静かな真実味がありました。

 

この茶碗が世に生まれてから300年以上もの間を大切に誰かに使われてきたことを思うと胸が熱くなりました。
この時代の茶碗は、作った人の名前はわかりません。
作家の名前はNO NAMEなのですが、純粋にその茶碗の持つ魅力だけで数百年もの間、大事に人から人へ伝わり、
そして私の眼の前で、また次の方に受け継がれて行きました。
その歴史の一幕に立ち会ったような気がして感動し、なんだか厳かな気持ちになって失礼してきました。

 

ありがとうございました。

 

単に物を売るというのではなく、ご縁を繋いでいく仕事なんだと初めてのお使いが教えてくれた1日でした。

 

昨日は熱海のMOA美術館に仁清を見に行きましたら雨上がりの帰り道に綺麗な虹が。
車中からなので良い写真ではありませんが、なんとなく、良いことありそうです♪
(助手席で娘が撮りましたのでご心配なく。笑)

 

今日もアルテクラシカで皆様のお越しをお待ちしております。

 

M

Arte Classica アルテクラシカ 抹茶茶碗

日本人なNEWYORKER

 

先日会った外人さんの話。
彼はニューヨーク在住で、仕事で頻繁に来日しているらしい。
その証拠に日本で開催された展覧会、まぁ、よく見ている。
最近であれば、サントリーの桃山展や三井記念の高麗茶碗展など。
私が会った翌日には、なんと京博までわざわざ佐竹本を見に行くと言っていた。
彼は単なる外国人の日本美術好きではない。
日本人的美意識をハイレベルに持ち合わせているのだ。

 

例えば、こんな発言をする。
「利休はバッハで、織部はモーツァルトだ」と。
うーん、鋭い切り込み😔
ハイドンではなくモーツァルトである辺りが、これまた憎いではないか!
サントリーの展覧会の展示にも一言物申していた。
なぜ、織部の隣が織部で、そのまた隣も織部なのか❓、と。
うーん、言われてみれば。。。
なまじまっさらな眼で見ているので侮れない。
まるで既成概念にとらわれる事の危険性を知らされているかのようだ。
我々は日常の中で、知らず知らずのうちに既成概念にとらわれ、
ついつい物事に個の感性で直面する事を忘れがちだ。

伝来とか次第に惑わされていないか❓
本当にそれはいいのか❓
アルテクラシカの茶碗に向かい合う時の基本姿勢だ。

 

外人さん、
唐津の金継小服茶碗をニタニタしながら散々なめ回して、また1月に来ると言ってお帰りになられた。
通だねぇ~。

 

(I)

 

 

高麗茶碗展に想う

 

何度か足を運んだ「高麗茶碗」展(三井記念美術館)へ最後の見納めに行ってきました。

お客様から「茶碗達に、感動をありがとうの御礼を伝えに行きませんか?」というお誘いがあり、

ものに対する愛情と敬意を深く感じ、忘れてはいけない心持ちだなと思いつつ、

二つ返事でご一緒しました。

 

お客様も何度か展覧会をご覧になっているので、

展示されている茶碗について感じたことや美しいと思ったことを分かち合いながら鑑賞。

 

茶碗達へ楽しませていただき、ありがとうございます、

と心の中でお礼を伝えつつ、あらためてお気に入りの茶碗の前で、じっくりと観察。

やっぱり美しい。この間観た時よりも、更に心惹かれる表情をしているなと。

茶碗達は会期も最後となり、随分とお疲れかなと思っていましたが、

いやいや、ご機嫌麗しい感じで、沢山の人々に見られることによって輝きが増しているのか、

晴れ晴れと見えました。

 

二人でやきもの談義をしながら観るのは、一人で観る時とまた異なる気付きが沢山ありました。

お互いに好きだからこそ、深読みし、あれやこれやと想いを馳せる。

それを楽しいねと分かち合うことで、頭の中に鮮やかな記憶として残るものなのかなと思います。

 

今回展示されている茶碗の気付きをアルテクラシカに持ち帰り、「高麗茶碗」(中央公論社)の本で復習する今日この頃です。

 

A

 

 

タイトル

 

こんにちは。
アルテクラシカ新人のMです。すっかり秋も深まってきました。
さて先日、ブログでタイトル「眼の力」を書きましたが、
実はこれはある ”由緒正しき” 本の名前から拝借したタイトル。

 

店主( I )が古美術商としてのスタート時に師事し、古美術の基礎を学ばさせて頂き、
今なお、「自らのルーツ」と公言して憚らない、日本一の名門茶道具商、谷松屋戸田商店。
この本は、その今は亡き店主戸田鍾之助氏と御子息・博氏共著の素晴らしい本のタイトルなのです。
雑誌和楽創刊時に企画され、2年に渡って連載された対談をまとめたものですが、2004年に出版されるや否や全国の茶道具商のバイブル(!)になったと言う、知る人ぞ知る名著。
掲載の茶道具は名品揃いで、お話の内容は私には深すぎる(😅)とも言えるほど濃く、
何度読んでも毎回新しい発見があります✨
お二方の茶道具に対する愛情とお人柄も伝わり、こんな素敵な親子の薫陶を受けたなんて、
アルテクラシカ店主はなんと幸せだったことだろうと嫉妬してしまいます💓

 

というわけで、大変不遜ながら、店主の師匠の著書のタイトルを、拙ブログに拝借させて頂いた次第です。
故鍾之助氏を、「茶の湯の故事に通じその世界の生き字引」と博氏があとがきに書かれています。
ダンディな御風貌に魅力的な笑顔、次々と語られる茶道具のエピソードは、本当に楽しく、奥深く、ため息がでます。
水指に合わない蓋を、合わないカツラと呼ぶなどユーモアあふれる語り口で、深いだけではない読みやすさもあり、ページをめくるのが惜しくなるほど。
写真(畠山崇氏)も美しく、美術館の図録を見るよりもずっとためになります。

 

タイトルと言う言葉には、本の題名という意味の他に「資格の保持者」という意味もあります。
アルテクラシカが、店主の師匠の名に恥じないタイトルを持ち続けられるよう、
少しでもお力になりたい!と前のめりにさせて頂ける名著です。

 

 

皆さまもぜひ一度お読みになってみてください。
アルテクラシカ一押しの本です。
『美を見抜く 眼の力』 谷松屋一玄庵 戸田鍾之助・戸田博著 小学館刊

 

M

 

抹茶茶碗 Arte Classica アルテクラシカ

 

 

Arte Classica | アルテクラシカ。江戸時代及び現代作家の抹茶茶碗を扱う店。

アルテクラシカは、古美術商石黒ギャラリーが根津美術館の向かい側にオープンした、江戸時代(古美術)及び、現代作家の抹茶茶碗を扱うお店です。併せて、現代の生活空間で抹茶を楽しむための、新しいスタイルの茶器・茶筅・柄杓等の取り扱いもしております