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Arte Classica by Ishiguro Gallery

2019

(I)今年もいよいよ押し迫りましたね。
アルテクラシカの2019を振り返って、Aさん、Mさん、どんな印象ですか?

 

(A)早やおおつごもりですね〜。実は今年、普段アルテクラシカで見ていた茶碗を茶室で見る機会があったのですが、店で見るより深い陰影を感じて。。実は一張羅の姿をまだ見ていなかったことに気づきました。

 

(I)そうだねぇ。やっぱり茶碗は茶室が一番良く見えるからねぇ。その茶碗を、今の空間でカッコ良く使いこなすのは腕の見せ所で、逆にロケーションに惑わされず、きちんと目利きできることがプロとしての技量だね。

 

(M)洋服とかでも、店で試着すると良かったのに家で着てみるとちょっとガッカリ、とかありますもんね(笑)。アルテクラシカの茶碗はそんな風にならないようにっていうことですね。私は今年アルテクラシカに入って素直に物と対峙することの大切さを覚えました。実は、先日自然に高麗物と和物の違いを感じ取れた瞬間があって自分でも驚いたのですが、これはやっぱり先入観なしで見る訓練の先にあるような気がします。

 

(A)そういえば、三井記念美術館「高麗茶碗」展での、集団鑑賞会が好評でしたよね。興味深かったのは、鑑賞会後のディスカッションで参加された方がものすごく自由に発言されていたんですよね。先入観を取り払って鑑賞できたのでしょうか?

 

(M) そうだと思います!私はアルテクラシカで先入観のない見方を教わらなかったら永遠にわからなかったかも。キャプションだけ読んでモノを見ない残念な人になっていたと思う。

 

(I) 先入観を取り払うお仕事、引き続きコツコツと広めたいね。自分の感性で素敵って気付く瞬間の喜び、是非とも皆さんに知ってほしい。

 

(A)(M) 先入観の入らない感性をもっと磨いて、来年も皆さんに茶碗の素晴らしさをお伝え出来るよう、頑張ります!

 

 

ブログを読んでくださった皆様、2019、真にありがとうございました。

どうぞ良いお年をお迎えください。

新年は1/7(火)よりオープン致します。

 

2020も皆様のお越しを心よりお待ちしております。

 

(I,A,M)

 

見逃すな、有来

 

根津美術館での「江戸の茶の湯」、
皆さんはもうご覧になられたであろうか。

 

この展覧会は、ただ単に江戸千家に関する名品を並べるのではなく、川上不白の茶の湯が江戸にどのように広がって行ったかが辿れる、非常にアカデミックな内容だ。
中でも個人的に特に関心を引かれたのは、 図録P156~157、根津美術館・下村奈穂子さんのコラム「近代数寄者と不白流」に関する部分である。
この記述によれば、蓮心川上宗順なる茶匠の存在が数々の名近代数寄者誕生の原動力になっていて、
何と、もし蓮心が存在しなかったら、大コレクター益田鈍翁もこの世に存在しなかったかもとの事だ。
詳細は実際にコラムをお読み頂くとして、
さて、実は、かの蓮心が関わったとされる、なかなか見れない個人所蔵の名碗が、ひっそりと展示されている。
大正名器鑑所載、馬越化生旧蔵の堅手茶碗、銘有来がそれ。
個人所蔵、しかも噂ではなかなかの気難しい御方がお持ちであるらしく、簡単には表舞台に出てこない代物らしい。
そんなレアが見れるこの貴重な機会、逃す手はない。
展覧会は今日明日、たったの残り2日。

 

師走も佳境、色々慌ただしいとか何とか言ってないで、まだ見てない人、見たけど印象の薄い人(笑)、即刻、根津美術館へ向かうべし。

 

(I)

金で継いだ美しさ

 

先日、先人たちの愛を感じずにはいられない、
それはそれは美しい金継ぎの古唐津茶碗が入荷しました。

 

金を継いだ箇所は、まるで稲妻のように大胆で美しく力強い線、
よくよく見ると、一箇所呼び継ぎが施されています。
呼び継ぎとは、欠けた部分に全く別の器の破片を使って継ぐこと。

 

よくぞぴったりの大きさやカーブ、厚みの片割れを探してくるものだな、
とその持ち主の並々ならぬ深い思い入れを感じます。
見た目では全然分からない感じですが、茶碗の縁を指ではさんでぐるっと触ってみると、
呼び継ぎ部分が若干ぷっくりとする。
その継いであるという違和感がたまらなく愛おしい。

 

継ぎがあるからこそ、見えてくる景色も楽しめます。
店内に入る、午後のやわらかな陽の光や、夕暮れ時のグレイッシュな光の中で見る
金継ぎの茶碗は色々な表情を見せてくれます。

 

呼び継ぎを考えた先人の素晴らしい知恵とちょっとした遊び心、
そして、完全ではないものに美を見出す日本人の美意識を改めて掌のなかの茶碗から感じます。

 

そんな心豊かになる茶碗ともども、アルテクラシカにてお待ちしております。

 

A

 

Arte Classica アルテクラシカ 抹茶茶碗

初めてのお使い

 

こんにちは。アルテクラシカ新人のMです。師走となりましたね。
本当に時間が過ぎるのは早いと毎年思います。

 

新人ですので、何をしても初めてのことばかりなのですが、
今回はなんと、様々な事情が重なり、私がお客様のご自宅に茶碗をお届けするという役目!

 

店でお買い上げいただいたものをお客様がお持ち帰りになることはありますが、私が一人でご自宅にお持ちするのは初めてです。
前日からドキドキ。。。💦

 

約束の時間に教えていただいたご住所をお訪ねしました。
お部屋に通していただき、風呂敷を広げて箱を開け、茶碗をご確認いただくとそのお客様が両の手の中に茶碗を持たれ、しみじみと茶碗にこうおっしゃいました。
「よく来てくれました。とても嬉しいです。これから大切に使いたいと思います。」

 

ごく普通の言葉なのですが、表情にもお声にも静かな真実味がありました。

 

この茶碗が世に生まれてから300年以上もの間を大切に誰かに使われてきたことを思うと胸が熱くなりました。
この時代の茶碗は、作った人の名前はわかりません。
作家の名前はNO NAMEなのですが、純粋にその茶碗の持つ魅力だけで数百年もの間、大事に人から人へ伝わり、
そして私の眼の前で、また次の方に受け継がれて行きました。
その歴史の一幕に立ち会ったような気がして感動し、なんだか厳かな気持ちになって失礼してきました。

 

ありがとうございました。

 

単に物を売るというのではなく、ご縁を繋いでいく仕事なんだと初めてのお使いが教えてくれた1日でした。

 

昨日は熱海のMOA美術館に仁清を見に行きましたら雨上がりの帰り道に綺麗な虹が。
車中からなので良い写真ではありませんが、なんとなく、良いことありそうです♪
(助手席で娘が撮りましたのでご心配なく。笑)

 

今日もアルテクラシカで皆様のお越しをお待ちしております。

 

M

Arte Classica アルテクラシカ 抹茶茶碗

日本人なNEWYORKER

 

先日会った外人さんの話。
彼はニューヨーク在住で、仕事で頻繁に来日しているらしい。
その証拠に日本で開催された展覧会、まぁ、よく見ている。
最近であれば、サントリーの桃山展や三井記念の高麗茶碗展など。
私が会った翌日には、なんと京博までわざわざ佐竹本を見に行くと言っていた。
彼は単なる外国人の日本美術好きではない。
日本人的美意識をハイレベルに持ち合わせているのだ。

 

例えば、こんな発言をする。
「利休はバッハで、織部はモーツァルトだ」と。
うーん、鋭い切り込み😔
ハイドンではなくモーツァルトである辺りが、これまた憎いではないか!
サントリーの展覧会の展示にも一言物申していた。
なぜ、織部の隣が織部で、そのまた隣も織部なのか❓、と。
うーん、言われてみれば。。。
なまじまっさらな眼で見ているので侮れない。
まるで既成概念にとらわれる事の危険性を知らされているかのようだ。
我々は日常の中で、知らず知らずのうちに既成概念にとらわれ、
ついつい物事に個の感性で直面する事を忘れがちだ。

伝来とか次第に惑わされていないか❓
本当にそれはいいのか❓
アルテクラシカの茶碗に向かい合う時の基本姿勢だ。

 

外人さん、
唐津の金継小服茶碗をニタニタしながら散々なめ回して、また1月に来ると言ってお帰りになられた。
通だねぇ~。

 

(I)

 

 

高麗茶碗展に想う

 

何度か足を運んだ「高麗茶碗」展(三井記念美術館)へ最後の見納めに行ってきました。

お客様から「茶碗達に、感動をありがとうの御礼を伝えに行きませんか?」というお誘いがあり、

ものに対する愛情と敬意を深く感じ、忘れてはいけない心持ちだなと思いつつ、

二つ返事でご一緒しました。

 

お客様も何度か展覧会をご覧になっているので、

展示されている茶碗について感じたことや美しいと思ったことを分かち合いながら鑑賞。

 

茶碗達へ楽しませていただき、ありがとうございます、

と心の中でお礼を伝えつつ、あらためてお気に入りの茶碗の前で、じっくりと観察。

やっぱり美しい。この間観た時よりも、更に心惹かれる表情をしているなと。

茶碗達は会期も最後となり、随分とお疲れかなと思っていましたが、

いやいや、ご機嫌麗しい感じで、沢山の人々に見られることによって輝きが増しているのか、

晴れ晴れと見えました。

 

二人でやきもの談義をしながら観るのは、一人で観る時とまた異なる気付きが沢山ありました。

お互いに好きだからこそ、深読みし、あれやこれやと想いを馳せる。

それを楽しいねと分かち合うことで、頭の中に鮮やかな記憶として残るものなのかなと思います。

 

今回展示されている茶碗の気付きをアルテクラシカに持ち帰り、「高麗茶碗」(中央公論社)の本で復習する今日この頃です。

 

A

 

 

タイトル

 

こんにちは。
アルテクラシカ新人のMです。すっかり秋も深まってきました。
さて先日、ブログでタイトル「眼の力」を書きましたが、
実はこれはある ”由緒正しき” 本の名前から拝借したタイトル。

 

店主( I )が古美術商としてのスタート時に師事し、古美術の基礎を学ばさせて頂き、
今なお、「自らのルーツ」と公言して憚らない、日本一の名門茶道具商、谷松屋戸田商店。
この本は、その今は亡き店主戸田鍾之助氏と御子息・博氏共著の素晴らしい本のタイトルなのです。
雑誌和楽創刊時に企画され、2年に渡って連載された対談をまとめたものですが、2004年に出版されるや否や全国の茶道具商のバイブル(!)になったと言う、知る人ぞ知る名著。
掲載の茶道具は名品揃いで、お話の内容は私には深すぎる(😅)とも言えるほど濃く、
何度読んでも毎回新しい発見があります✨
お二方の茶道具に対する愛情とお人柄も伝わり、こんな素敵な親子の薫陶を受けたなんて、
アルテクラシカ店主はなんと幸せだったことだろうと嫉妬してしまいます💓

 

というわけで、大変不遜ながら、店主の師匠の著書のタイトルを、拙ブログに拝借させて頂いた次第です。
故鍾之助氏を、「茶の湯の故事に通じその世界の生き字引」と博氏があとがきに書かれています。
ダンディな御風貌に魅力的な笑顔、次々と語られる茶道具のエピソードは、本当に楽しく、奥深く、ため息がでます。
水指に合わない蓋を、合わないカツラと呼ぶなどユーモアあふれる語り口で、深いだけではない読みやすさもあり、ページをめくるのが惜しくなるほど。
写真(畠山崇氏)も美しく、美術館の図録を見るよりもずっとためになります。

 

タイトルと言う言葉には、本の題名という意味の他に「資格の保持者」という意味もあります。
アルテクラシカが、店主の師匠の名に恥じないタイトルを持ち続けられるよう、
少しでもお力になりたい!と前のめりにさせて頂ける名著です。

 

 

皆さまもぜひ一度お読みになってみてください。
アルテクラシカ一押しの本です。
『美を見抜く 眼の力』 谷松屋一玄庵 戸田鍾之助・戸田博著 小学館刊

 

M

 

抹茶茶碗 Arte Classica アルテクラシカ

 

 

持ち主の溢れ出る愛情

 

先日、奈良国立博物館で開催されていた「第71回 正倉院展」を特集したテレビ番組を観ながら、

約1300年間保存されてきた伝世品の状態の良さに改めて素晴らしさを感じました。

 

番組内で、正倉院宝物を入れている箱も、長く残ってきた重要な役割を持っている、

として展示品と共に展示しています。と紹介されていました。

 

当時から、物に対して敬意を表し、本当に大切だからこそ、

宝物の居心地が良いように安全なようにと箱を付けていたそう。

例えば、儀式用のくつを納めておく箱には、底の部分をくつの大きさにくり抜き、

動かないように嵌め込めるよう細工がしてある、など。

 

持ち主のものを大切に扱う深い愛情を感じずにはいられない。

茶道具の次第を大切にするというような心持ちが、奈良時代からすでに始まっていたことに納得しました。

 

様々な価値観の中、ものだけでなくそれに付随するすべてを残しつつ、次の世代へと繋げていくことの意味を改めて考えさせられます。

 

(A)

筒向付の謎

 

先日好評のうちに幕を下ろしたサントリー美術館の桃山茶陶展。
私的に嬉しかったのは個人所蔵の優品が数多く出ていた事だ。
個人所蔵の優品がたくさん出ていると、「まだまだ民間にこんなにあるんだ!」
と労働意欲(?)が湧いてくる(笑)!
美術館所蔵の品は基本的には扱えないからねぇ。
職業病でございます。

 

さて、昨年の根津美術館、そして今回のサントリー美術館と、桃山関連を続けて見ていて、
前々から思っている疑問が益々強まってきた。
それは、筒向付が余りにもたくさん伝世している事実に関してである。
よく筒向付は使いにくいとか言われるけど、使いにくい物、わざわざ作るわけがない。
沢山残っていると言う事は、あの形が食べやすい何かを食べる食器として流行していたはず。
筒向付と言う使い方自体が後付けで、
そう呼ばれてはいるが、そもそも向付として作られたわけではないのかも知れないのだ。
いったい何を食べていたのだろうか❓❓❓
疑問は強まるばかりだ。
我々はともすると現在定着している茶道の姿が、あたかも400年前からあったかのような錯覚に陥る。
しかし、桃山期の陶磁器が必ずしも茶の湯のために作られたとは限らず、
茶の湯とは違う、我々の知らない富裕層の贅沢な遊び方があったのかもしれないのだ。
いやぁ、ロマンチック!!

 

そんな風に想像を膨らませると、
ますます桃山陶磁器(あえて茶陶とは言いません)に引き込まれて行く
自分に気付く、今日この頃でございます。

 

(I)

 

 

眼の力

 

眼の力と言っても、昨今言われるメヂカラ👀ではない。

 

先日、東京美術商協同組合の秋季オークションを体験してきた。
このオークションは、東京美術商協同組合に所属している美術商だけが参加できる、プロだけのオークション。
出品されている美術品の中にはミュージアムピースも混じる、
その辺の骨董市とはレベルが違う、ハイエンドな市場。

 

店主の意向で勉強のために同行したのだが、体験してみてはっきり分かった事があった。
それが「眼の力」。

 

行くまでは、先日ブログに書いた「センスを研く美術館巡り」みたいな感じ🎶 と思っていたのだが、行ってみると大いなる勘違い。
そこはプロがしのぎを削る本気売買の場。
もちろんキャプションなんかあるわけもなく(笑)、本物だという保証もない(泣)。
頼りになるのは本当に自分の「眼の力」だけ。
こんなに怖い買い物の場、見たことない。。。

 

あらゆるジャンルの物が出ているジャングルのような場所を、とりあえず、アルテクラシカで慣れ親しみつつある茶碗だけに絞って、店主の後を必死でついて行く。
はっとする優品から、訳のわからない迷品まで混在していて、まさに玉石混合。
オークションでは競りあげるサクラ役もいるらしいので、真贋、クオリティ、そして価格、全ての見極めが「眼の力」によるものなのだ。
店主がなぜ、美術館でのあの見方を勧めるのか、背に汗をかきながら分かった気がした。

 

新人の私に要所要所で解説をしてくれる店主の言葉を聞き漏らさないように、必死。
残念ながら、私にはまだまだ、はっきり見えてこない。

 

アルテクラシカに並ぶ江戸時代の美しい茶碗たちは、店主が店で絶対の自信を持ってお見せできるよう、本当に厳しい「眼の力」によって選ばれし物たちで、
簡単に並んでいる訳ではなかった。

 

凄い世界を見てきたものです。

 

M

江戸時代の茶碗セレクトショップ|アルテクラシカ

アルテクラシカは、古美術商石黒ギャラリーが根津美術館の向かい側にオープンした、江戸時代(古美術)及び、現代作家の抹茶茶碗を扱うお店です。併せて、現代の生活空間で抹茶を楽しむための、新しいスタイルの茶器・茶筅・柄杓等の取り扱いもしております